ゆきこのニュースレター

ベルリンを100倍楽しむために、ご出発前に是非お読み下さい。

穴場スポット

ベルリンフィル◆国立歌劇場◆ドイツ国会議事堂◆ドレスデンゼンパオペラ等入場券◆ベルリンレストランの情報。ご出発前のチェックは外せません!

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代表者ご挨拶

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はじめまして!後藤ヒンツェ裕起子と申します。弊社のサイトにお立ち寄り頂きまして、ありがとうございます。

とにかく 今、世界で一番エキサイティングな町、それがベルリンです!!

2001年にドイツ人の主人と(「ご挨拶」の下のベンチに座っているのが主人のペーターです。)共に小さな会社を立ち上げ、ベルリンを中心に、マイセンドレスデン、ハンブルグ、ロマンチック街道、時に隣国スイス、オーストリア、チェコ、オランダ、イタリア、北はスカンジナビアに至るまで、珠玉のごとく光り輝くヨーロッパの文化や風習の数々を、お客様に惜しみなく御案内させて頂いて参りました。

隣国どうし切れそうで切れないのがヨーロッパの歴史?!まずは現代史をここベルリンから辿って行ってみませんか?!

おばあちゃまのお手を引かせて頂きながら、またギャングエイジのお子様、子育ての終ったご婦人方のグループ、学生さん、アツアツのカップルさんの新婚旅行、会社の研修旅行も含めお客様のご希望に応じた、個人旅行は弊社にどうかお任せ下さい。ええ〜っ、日本とドイツこんなに違っていいの??...。皆様の世界観が変わる!!!そんな 「ベルリン」とのドラマティックな出会いを必ずお約束させていただきますので、先ずは何でもご相談頂ければ幸いです。メールでも、お電話でもお気軽にどうぞ。心よりお待ち申し上げておりま〜す。

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ベルリンお役立ち情報!

  • ★1.ベルリンののりもの
  • ★1.無料で見れるベルリンの壁
  • ベルリンの壁は 有史以来の 無血平和革命!

    必見 ベルリンの壁崩壊@映画トレラー: 何が壁を崩壊させたのか!

    ☆私達に勇気をくれた、ベルリンの壁崩壊は "民衆が自らの手で勝ち取った自由" を象徴!

    ベルリンのみならず東京都国立市、早稲田大学、大阪大学、広島市立大学、慶応大学、文教大学、創価大学、横浜田園都築教会様にて、上映して頂いたこの映画の詳細をご覧になリたい方は、ここをクリック!!(エファシェーンへア映画監督と共同製作:独和翻訳、ナレーター 後藤裕起子)



    お客様のご感想
    文教大学国際学部椎野ゼミ様にて

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      学生さん2名様、一般の方1名様計3名様からの感想

    <映画について>

    1.映画のタイトルの「ソフトレヴォルーション」には、不思議な響きがある。「レヴォルーション」という言葉はとても激しく、血の臭いがする。日本赤軍や浅間山荘が頭に浮かぶ。しかし映画の中には、東西ドイツの人々はソフトに革命を語っていたのを見て、監督がこの映画に込めた意味が分かった気がした。

    2. 映画の下に日本語の文字があった方が見やすいと思った。知識知らずで分からない点が多かった。東西ドイツであったできごとは私は知らないが、ドイツの若者達は今、その事実をどのようにとらえ、認識しているのか考えさせるような内容だった。

    3.貴重な映像を拝見することができました。

    <講演について>

    1. ナチスドイツや、社会主義という難しい話題から、文化比較という軽い話題まであって興味深かった。

    2. ドイツを1時間観光した気分。是非実際に行ってみたい。歴史に関しても、ドイツ人のパーソナリティに関しても聞けて、非常に有意義でした。日本人らしくなり過ぎた自分は、ドイツ人らしさを多少身につけたいと思えた。

    3. とても分かりやすく、参孝になりました。お礼申し上げます。

    創価大学ドイツ語研究会様 大学祭にて

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    「私は1992年生まれの22歳です。ベルリンの壁が壊されたのが1989年の11月、そして、東西ドイツが統一を果たしたのは翌年の10月ですから、私はドイツ分断の時代を知らない世代にあたります。私にとってのドイツは統一ドイツとしてのドイツ連邦共和国であり、東西分裂については高校生になってから勉強しましたが、あくまでもそれは本の中の世界でした。

    今回見た『ソフト・レヴォリューション』は現在のドイツを舞台に撮影されたものであり、分裂時代のそれではありません。しかし、当時を振り返り、時にユーモアを交えながらインタビューに答える人々は、紛れもなく分裂の時代を生きたベルリン市民でした。真剣な眼差しで語りかける彼ら・彼女らの姿は、今まで歴史書などでしか知ることのなかった出来事が、まさに死活問題として実際に降りかかったことなのだということを私に訴えかけてきました。

    壁の存在を知らない世代が増え続けている今にこそ非常に貴重な映像であると感じると共に、私がもう一つ印象に残ったのは壁を教訓に未来を語るベルリン市民の姿でした。壁崩壊から25年目を迎え、統一後も様々な課題に直面しているドイツですが、彼らの目は未来に向けられていました。「ベルリンの壁」という歴史的出来事を題材にしていますが、過去を振り返り立ち止まるだけでなく、まさに今動き続けているドイツを感じることが出来た、そんな映画でした。

    」 横浜市都築教会様

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    21名の方にご参加頂き、ご鑑賞頂きました。 ありがとうございました!

    ★ベルリンの壁の構築 まめ知識

    1961年8月13日に当時の東ドイツ政府によってベルリンの壁は構築される。

    1945年5月8日無条件降伏をしたドイツの戦争責任を問い、戦争の後始末をするため、1945年7月ポツダムにて会談が開かれる。会談は、ロシアのスターリンによって準備され、参加国は他の連合国アメリカとイギリス。

    この会談の前にすでに東西の冷戦は始まっていたが、この会談を機に、東西陣営ができあがり、世界の中でそれぞれの陣営を固めて行く事になる。

    1945年からベルリンに壁ができるまでの16年間、度重なるソ連からの経済的かつ言論の自由を奪った圧力がかかり、250万以上の東ドイツ国民が東ベルリンを通て、西独へ亡命。そこで、ベルリン東西を分断する壁を構築した。

    その際留意しなければならないのは、ドイツの分割統治について。戦後ドイツ全土は、米英仏ソの4カ国に統治される事になる。それと首都であったベルリンもベルリン内を4カ国に統治される事になった。しかし、ベルリンの東側半分をソ連、西側半分を米英仏とした際、東ベルリンから西ベルリンへは、住民証があれば移動する事は困難ではなかった。そういう状況下、16年間の間に250万の亡命者がでて、後を絶たなかったことから、東西を分断する壁が作られた。

    現在でも、上質で!しかもなんとタダで!見学できるベルリンの壁. . ..プラス壁 関連事項

    ★1.イーストサイドギャラリー

    1.2Kmに及ぶベルリンの壁。崩壊後, 東側に描かれたグラフィックが,連なっているので、ギャラリーに展示されている絵画のようにみえます。中でも「ブルーダークス(同士のキスという意味のドイツ語)」と呼ばれている東独の首相ホネッカーと旧ソ連の書記長ブレジネフを皮肉った絵は、人気です。
     

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    ★2.トポグラフィ デス テロス

    第二次世界大戦中、ナチスの親衛隊ゲシュタポの本部があった跡地に沿って、奇遇にもできたベルリンの壁。この壁と抱き合わせの形で、ナチスの政権下ホロコーストで、尊い600万人の命を奪って行った足跡が写真によって展示されている建物が隣接していて、無料で見学できます。
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    ★3.チェックポイント チャーリー

    東ドイツの中に陸の孤島として、存在していたベルリン。西独に属していたベルリンに入るのには、必ず東独の検問所を通らなければならなかったのです。

    このチェックポイント チャーリーは、当時3つあった中の1つで、主に外国人、西独から東独への公用者。東独の政党の幹部、東独の組合役員などが通過許可をもらう場所として使われていました。

    この隣りにある壁の博物館は、亡命者の命に及ぶ亡命時の様々なドキュメントが展示されています。(壁博物館は有料です)

    ★4. ベルリンで一番美しいジェンダルメン広場のドイツ教会

    ここに実際の壁はありませんが、プロイセン時代からのドイツの政治の動向が見られます。そこにベルリンの壁もテーマとしてでて来ます。中はビデオと写真で展示してあるので、とっても分かりやすく、ウンターデンンリンデンからでもあるいて5分だけ。

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    ★5.ポツダム広場

    このポツダム広場は、戦前東京で言う、銀座の4丁目に当たるところ。戦後1961年に壁ができた後は、東西の不干渉地として、壁で囲まれ、だだっ広い広場は、ただうさぎが数わ遊んでいただけの、荒れ地と化していました。崩壊後、一度はがした壁を、記念にもとのところに戻し、観光のアトラクションとしてたてかけてあります。今世界で一番エキサイティングなブームタウン、ベルリン!!

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    壁の構築から崩壊に至り、さらにヨーロッパと一体化して行くドイツの新首都として、魅力の尽きないベルリンを、ベテランガイドがかゆい所に手の届くサービスで、皆様に忘れがたい出会いをお約束致します。

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    右の写真は、西ベルリンの目抜き通りのクーダムにある、創業100年の老舗 "アルト ビアーサロン" にて。写真の背景は、1920年代「ベルリンの黄金時代」と呼ばれた時に流行した装飾。

    先ずは、美味しいドイツビールで、ツン ヴォール !(乾杯)

    ようこそ、ベルリンへ!!

    お客様の喜びの声
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    ★★なが〜いベルリン生活を終えて日本へ帰国し、ベルリンに遊びにいらっしゃった大学講師の Y.A 様


    旅は日常を離れて、人生観を変えてくれるような出会いがあるものです。私は行き当たりばったりの偶然性を楽しんでいました。ところが、知人たちが、後藤さんのガイドぶりを賞賛するので、ガイドをお願いしました。そこで、自分がいかに「食わず嫌い」であったかを思い知ったのです。何度も行き来していた往来に、実は素晴らしい歴史的出来事が隠れていることを教えてもらったり、住んでいる人にしか分からない穴場に連れて行ってもらったり、パンフレットやガイドブックにはない秘話が次々と後藤さんの口から出てくるのです。同じ街が全く違うものに変容して見えてきました。
    その人が最も楽しめる旅のスタイルを読み取り、楽しんでもらえる最高の時間を作り出す達人が後藤さんです。皆さんにも堪能してもらいたくペンを執りました。(写真はブランデンブルグ門のパリ広場)

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    ★★神戸市から 平和について研究し、平和のメッセンジャーとしてご活躍の 藤本進太郎様 & お友達のシバッチ様


    大学の中西一彦先生にドイツで日本人ガイドとしてご活躍されている後藤裕起子さんをご紹介していただきました。後藤さんには旅の前から本当にお世話になりました。とても明るい方でたくさんの知識をお持ちで私のマニアックな質問にも答えて頂きました。
    今回の旅で一番私が得たものは後藤さんや現地の方とのつながりでした。後藤さんとのつながりがまた海外の多くの方々とのつながれることを期待しております。(写真はレストラン"ヨーゼフ.ロート.ディール")

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    ★★関東から憬れのベルリンへ!

    マイセン、ドレスデンでもステキな思い出をゲットされた 梅田祐枝様 & 花見育子様


    歴史の教科書や旅行ガイド本の写真を見て、長い間憧れていたブランデンブルグ門。
    実際に門の前に立った時の感激感動は今もよみがえります。ベルリンの壁に触って歴史の重さと平和への追求を痛感しました。行動力あるドイツを愛する後藤女史の解りやすいガイドに歴史的なドイツや今のドイツも体感出来ました。石畳の歩道をあるきながら暫しの間、旅行ではなく住んでいる感じを得られました。 またブランデンブルグ門の前に行きたいと思っています。(写真はブランデンブルグ門パリ広場)

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    ★★同郷の方との偶然の嬉しい出会い!同窓会も地球規模で? 島根県雲南市有限会社山根建設社長, 山根英利様


    ベルリンでは大変にお世話になり、ドイツ旅行を満喫できて嬉しかったです。本当にありがとうございました。南ドイツは中世ロマンが漂う魅力あふれる自然と調和した見事な風景であり、フランクフルト・ミュンヘンにおいては、古い建物も残っており、緑あふれるすてきな街並みに、ただただ圧倒されました。日本と同じように戦後復旧に着手し、日本と異なり、膨大な戦後賠償負担を背負いながら、かくも立派に立て直された、その国民の努力と気構えに頭が下がります。再度・再再度訪れてもっと深くドイツという国にかかわって見たいと思いました。その際には是非、後藤さんにまたガイドをお願い致します。(写真はブランデンブルグ門パリ広場)